わたしのネコが死んだ日

「食べなくなったら1週間」。人間にも動物にもよくいわれることだが、その通りだった。死ぬ1週間前に発作を起こした後に食べなくなった。複雑な思いだが、ホッとしたのも事実だ。苦しい様子を見続けることに疲れ果てていた。

キャットフードは食べなくても、ちくわ、干しエビ、干し貝柱といった好物を与えたら少しは食べたかもしれない。でも、このときの発作は少し違った。毛玉ではなく食べたものを吐いたのだが、吐いた様子がどう説明したらいいのかわからないが、これまでとは異なっていた。激しかったとかそういうことではないが、水をまいたような吐き方だったのだ。健康なときでもよく吐くネコだったが、いつもはかたまりをケポッと出す、という感じだったが、勢いつけて水をまいたようだった。3月に2~3日食べなくなったこともあったが、そのときとも違った。

ずっと見続けていた飼い主だけがわかる「違い」があった。

食べ物を全く与えないのではなく、キャットフードはお皿に出していたが、かつおぶしやちくわなどの好きなものは出さなかった。「わたしは鬼か」と自分を責めた。つらかった。でも、これも飼い主の本能というのか、与えないことが正しいことだと理解していた。もう、獣医師にも相談しなかった。よく覚えていないのだが「食べなくなった」くらいのメールは送ったかもしれない。覚悟をせざるを得ない状態となった。

食べなくなってからは、一気に弱り、まず高いいすに上れなくなり、トイレのすぐ外に排尿の跡があるようになり、そして最後はヨロヨロとしてトイレに間に合わなくて床でするようになった。だが、床で排尿したのは最後の1日だけだ。ソファにも2日くらい前まで上っていた。最後の前日まではヨロヨロとトイレに行った。6カ所もあるから近くのトイレを使えばいいのに、ネコの本能でいちばん遠いトイレに行く。もうトイレなんか行かなくて、その辺ですればいいのに……。言って聞かせてもネコは死ぬまでトイレに行く生き物だ。

最後まで寝たきりにはならなかった。水も飲めたし、ヨロヨロとトイレに行く。というか、窓際や玄関などに向かうのだ。なぜかわからないので、わたしはネコを看ながらネットで検索した。どうやら、死に近くなると、体を冷やすために冷たいところに行きたがるようだった。

最後の1日は、床で排尿してそのまま横になってしまうため、体が濡れるとかわいそうなのでペットシーツを敷きつめたのだが、ペットシーツの上は熱がこもってイヤなようだった。敷いていないところを探してうろうろし、窓際に行って網戸に体をぴったりとくっつける。8月下旬の暑い日だったが、クーラーは嫌がるので、窓を開け放していた。

窓際でも1カ所にとどまると熱がこもって暑いのか、ヨロヨロ歩いて場所を変える。廊下に行ったり、部屋のど真ん中でドテッと寝てたり。頻尿は収まっていないので、動くたびに排尿した跡の床を拭くことを一晩中繰り返した。

死ぬ日の早朝、体を抱えて水を飲ませてやった。それが最後の飲み水になった。

午前中は玄関に向かった。玄関が涼しいからだろう。どのくらい玄関にいたのかは覚えていないが、玄関に行ってからはもう歩き回らないようになったのではないかと思う。

午後になり、わたしはネコを抱え、風が入るリビングの窓際にペットシーツを敷いて寝かせた。ここでもまだもそもそと動いていたような気がしたが、ついに立ち上がらなくなった。

わたしはただただ、じっと見つめた。終わる命を見つめる。17年文字通り猫かわいがりした、わたしの大切なネコが死んでいく。何もできないが見つめるしかない。

ネコの看取について書かれた本には「口呼吸になったらダメだ」とあったので、顔をじっと見ていたがどういう状態が口呼吸かわからなかった。
いつのまにか口呼吸になっていた。どういう状況か文字では説明しがたいが「見たらわかる」としかいえない。

それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。涙のような鼻水のようなものが一筋流れて、前足がピクッと動いて止まった。午後2時54分だった。