アンタ何者?

わたしが住んでいるのは関西だが、東京でいうところの「下町」の雰囲気があり、昔ながらの商店街があって、肉は肉屋、魚は魚屋、野菜は八百屋、海苔は乾物屋で買う。買う店も決めている。
おいしいがけっこう高くつく。スーパーで買った方が安いし、1軒で買い物が済むのでラクだが、おいしさを知ってしまったらやめられない。

わたしは海苔が好きだ。関西は味付け海苔文化で、おにぎりも味付け海苔で巻くという。わたしも関西人だが受け入れがたい。ご飯に味付け海苔の味が移って、気持ちわる~~~。それにベタベタするし。箸でおにぎり食べるの? いろいろ書きたいが嗜好の問題なので、味付け海苔の悪口はこのくらいにしておこう。

わたしが乾物屋で買い求めるのは「乾(ほし)海苔」またの名を「板海苔」。「焼き海苔」にする前の焼いていない海苔、っていう説明でわかるだろうか?

●巻き寿司をつくるときは、焼かずに。わたしはおにぎりをまくときも焼かない。時間が経てば、しなしなになるから。

●焼き海苔として炊きたてのご飯といっしょに食べるときは、2枚を中表にして遠火であぶる。手巻き寿司のときも、あぶって焼き海苔にする。

用途は上に書いたような感じだが、一般には焼き海苔を買うと思う。わたしも今の家に暮らすまでは焼き海苔を買っていた。

乾海苔は焼かずにおにぎりにまくと噛みごたえがあってうまい。いっとき、朝はおにぎりまたは、焼いた海苔でご飯を食べ、おにぎりを仕事場に持って行っており、異様なくらいに乾海苔を消費していた。

わたしは乾海苔以外にも、その乾物屋から干ししいたけ、青のり、ゴマ、そうめん、かんぴょう、わかめ、金沢の車麩など買っているが、どれもよい品物だ。乾海苔はいくつかのランクがあって乾物屋の看板商品なのだが、乾海苔はすし屋などの商売人を相手にしているような感じだ。わたしは調子に乗ってゴマも自分で煎る方がうまかろうと「洗いゴマ(煎る前のゴマ)」を求めたが、洗いゴマは業務用の1キロ入りしかなく、よくある小袋の煎りゴマを買ったが、それも香ばしくよいゴマだ。

乾海苔を買い続けるオバハン(←わたし)。乾物屋のおやじさん(おじいさんだったけど)はさぞかし奇妙に感じていたと思う。

「アンタは商売人?素人?」と訊かれるかと思っていたのだが、ある日「ところでアンタは、人の嫁さんですか?そうでないのですか?」ときた。

さすが、商売人のするどい観察眼。ふつうのオバハンには見えなかったようだ。正しい。ふつうのオバハンとは異なるオーラをまき散らしている(いい意味ではない)。

「ははははは~。ナゾの人よ~」とごまかしておいた。はっきり答えるのは野暮だと思ったからだ。

なぜ、わたしが「商売人か、素人か?」と訊かれると思ったかというと、八百屋で「店をやっているのかと思った」といわれたことがあったからだ。

おにぎりざんまいだったころ、おにぎりをはじめいろんなものを大葉でまいたり、刻んで混ぜるのに凝っていて「大葉40枚!」というレベルで買っていたことがあったからだ。1週間に1回のまとめ買いだからなのだが、ふつうのオバハンが買う量から逸していたようだった。しかし大量に買うのは大葉くらいなので、店をやってるわけでもなさそうだなあ(何者だ、このオバハン)と思っていたそうだ。

八百屋はまだ若い「兄ちゃん」だったので、乾物屋のおやじさんほど、核心を突くというか、痛いところを突くというか、不意を突かれた会話ではなかった。

八百屋の兄ちゃんはまだまだ修行が必要だ。

しばらくして乾物屋は、店主の高齢化と跡継ぎ不在が理由だと思うのだが、店を閉めた。わたしが見なかっただけかもしれないが、予告もあいさつもなく閉店した。自分が何者かを明かさなかったことは、それでよかったと今も思っている。

店と客とのつきあいは、お互いによく知らないくらいが粋というものだ。

乾海苔は、少し離れた場所に海苔専門店を見つけ、今も無事に調達しているが、乾物屋の海苔のほうが味わい深かった。


海苔専門店で買っている海苔。「寿司海苔」という呼び方もある。何度もいうが、焼いていない海苔。