イメージで仕事場は借りられない

わたしは仕事柄か「イメージ」という言葉をよく使う。口癖だと指摘されたことはないが、自分で意識して言っている。
「どんなイメージのものをつくりたいですか?」
「かわいいイメージですか、かっこいいイメージですか?」
などなど。「どんなふうにしたいの?」と訊くとあまりにストレートで失礼な気がしており、ていねいに聞こえるかと思って使っている。深い意味はない。

今回のテーマは「どんなふうにしたいか?」ことではなくて、イメージだけで突っ走ることの危険さ、ハタ迷惑さ、アホさについてだ。
わたしは料理の本をよく読む。栗原はるみ氏の弁当づくりの本に「弁当づくりは想像(イメージ)ではできない」と書いてあった。また、ご子息の栗原心平氏が「試作をせずに頭のなかで組み立てるだけ(イメージ)で料理の撮影現場に向かったら、母から『ちゃんとするならする。しないなら、やめたほうがいい』と言われた」という経験を語った記事もネットで読んだ。
2つの情報が合わさって、「そうなのだ。コレコレ、コレよ」とようやく賛同者を得たようでうれしくなった。

「イメージだけで突っ走る」は、「根拠のない自信」ということもできる。ろくに料理をしたこともないのに「チャーハンをつくったらプロ級」や、人を雇ったこともないのに「人を見る目がある」などと豪語する人がいるが、そういう感じといったらわかりやすいだろうか。

さて、仕事場についてだが、わたしは何回か仕事場を変えたが、満足できるところは未だに見つけられていない。それは仕方ないので自分の中で納得できればいいことなのだが、晴れがましい思いで新しい仕事場を披露すると「もっと安くていいところあるでしょ?ネットで探したらけっこう出てくるよぉぉ」みたいなことをいわれてへこんだものだ。
わたしの仕事場をクサしているのではなく、根拠のない自信があって「自分の情報収集力なら安くていいところを見つけられるに違いない」というのが本音で、「なんにもわかっちゃいねーな」だけのことなのだが、腹のくくり方が足りないのか、新たな迷いを生むきっかけになったのも事実だ。

仕事場探しは住居用の賃貸マンション探しとは次元が違う。住居ならワンルーム、1LDK、2LDKとだいたいパターンが決まっている。広さも最も狭いところは四畳半程度(今どきないと思うけれど)、広くて100㎡くらいだが、仕事場は広さもそれこそ3畳くらいから何百㎡まであり、部屋の形も円形でも三角形だってかまわないワケで、もうなんでもアリ。ネットの情報ではわからないことが山ほどある。そもそも家を借りる経験と比べると仕事場を借りる経験なんてみんな少ないのだから、実物を見ても確実な判断はむずかしい。「ありゃりゃ……」と、借りてみなければわからないことだらけなのだ。

「いいところは値段が高い、ヘンなところは値段が安い」という経済原理が貫かれているのも当然だ。この世に安くてうまい食べ物は絶対にない。

知らない人が多いと思うが、住居を借りたときのトラブルは、借りた方が「消費者」として保護される。しかし、事業用の物件や、法人として借りると一気に「消費者保護」の枠から外れ、トンでもない管理会社や大家に当たっても「ソレ、よく調べなかったアンタの責任よ。アンタ、消費者じゃないの」と、消費者センターからも弁護士からも突き放される。これはわたしが実際に身を削って得た貴重な知識だ。
小さな会社でも顧問弁護士が必要なわけがわかった。仕事場の契約書レベルでも、弁護士のチェックがあったほうが安心だ。

「個性的な小さいビルって、なんとなくオシャレだよねー」。昔のドラマの見過ぎだが、わたしもそんなイメージを持っていた。2回目に借りた仕事場のビルは、個性的でもなかったが、小さいという条件だけは適合した。ビルの持ち主が管理もやっているというのも根拠はないがよい条件に思えた。実際に見ると、室内の雰囲気もよかった。持ち主は司法書士で、なんとなく「常識的な持ち主といい関係を保ちつつ(便宜を図ってもらったりしてぇ~)、快適でオシャレな仕事場ライフ」が送れるのではないかと夢想しているときはそれは楽しかった。

結果、トンでもなかった。司法書士を相手に裁判を起こしかけたほどだ。

この事務所の顛末は別の機会に必ず書くが、イメージほど根拠がなく、また、足元をすくわれてしまうものはない。
結局わたしも「イメージで突っ走るアホ」だったわけで、身を削って「イメージアホ」から足を洗った。
一つ一つ経験を積み、ときに悔し涙を流して身を削りながら見る目を養う。求めるものがあるときは、横着せずに自分の足で探し、自分の目で見て、自分の経験に照らし合わせて決める。それしかない。

栗原はるみ氏の「弁当は想像(イメージ)ではできない」というのは、具体的にはこういうことだろう。
弁当づくりはたいてい何年も続く。寝坊してしまう日もあるし、体調の悪い日もある。ときには最悪ともいいたくなるようなさまざまな状況や環境の中で一つ一つ経験しないと、長続きできないよ、本を眺めているだけじゃ、弁当箱は埋まらんよ、という読者への苦言というか戒めの言葉。
息子の心平氏に対しては「料理を頭でイメージしただけでは、料理研究家としての技術が身につかない。手を動かさなければ得られないことがある」という先輩としての指導。

ときにイメージは重要だが、実体をつかまなければイメージなんてカス以下。何の役にも立たない。

はじめて借りた仕事場。昭和に建てられたビルだったが、管理はよかった。しかし家賃は高く、まわりは騒がしく、管理会社の対応がよかったくらいしかいいことがなかった。いいところが一つでもあればいい。そんなもんだと思えるくらいに成長した。