イヤな話

ブログをはじめるとき、大まかには自分の周辺のことを書きつづることにしていたが、具体的なテーマをどう絞るか悩んだ。

仕事のことは外せない。17年ともに過ごしたネコの思い出も。いなくなってしまったネコだが、闘病のことはネコと暮らしている人には参考になるかもしれないと思った。あとは、自分が好きな食べ物のこと……。仕事、ネコ、食べ物……貧相というか、世界がせますぎるが、関心のないことを書いても、読む方も書く方もおもしろくないので、よしとした。

仕事のことを書こうとすると、腹の立ったことばかりが思い出された。お金のことでは、値切られたり、仕事を頼んだこと自体を忘れられてしまって支払ってもらえなかったり、倒産して踏み倒されたり……。「こんな仕事やっとられんわっ!」と断って、結局は「断らなきゃよかったかもなあ」と、少し後悔したり……。こんな話は、わたしのように組織に所属せずに仕事をしている人には多少の共感を得られかと思ったが、「イヤな話」だ。読んで楽しくはならない。

ブログを「『王様の耳はロバの耳』の穴」にしてはイカン。自らを戒めてはみるものの、ダメだ。恨みばかりが湧いてくる。そんなにイヤイヤ仕事をしてきたのだろうか……? 必要以上にヘコむ。

そうではない。ただ、これまであまり言わなかったことを人に聞いてほしいだけなのだ。わたしは会社員のように、飲み会の場にいない人の悪口で盛り上がるという楽しみ?がない。クライアントと飲むこともあるが、そのクライアントと同じ会社の人ではなくても、人の悪口は言わない。同じ会社の人の悪口なんて、死んでも言えない。

悪口を言わないのは正しい姿なのだけど、仕事関係ということで一線を引き、息苦しい人間関係を築いてしまったことがよくなかったのかもしれない。もっと楽しめるつきあい方もあったはずだ。

もちろん、親しい人には「この仕打ち、どう思う?」とイヤな話もするが、聞かされる方は「知らない世界の知らない人」の話なのでおもしろくもないだろう。悪口は、同じコミュニティの中でその場にいない人を取り上げるか、少なくともお互いに知った人のことを言い合うのが正しい姿だ。

わたしは、仕事の関係者に仕事の関係者の悪口は言えないわけだが、だからといってブログをストレスのはけ口にしてイヤな話を書きなぐるのもどうかと逡巡する。

●脚色して読み物になるレベルに仕立て上げたら? →質で勝負!

●「イヤな話」のカテゴリーをつくって、「イヤな話」をとことん集めたら? →数で勝負!

職業柄編集方針はさまざまに思い浮かぶが、悪い材料をどう料理したところで、うまいモノには仕上がらない。ダメだ。

メンタルなんとかの本に書かれていそうだが、自分の中に「イヤな話」がいっぱいになってしまう前に、「イヤなことはやめてくれ」と相手に伝えることが理想なのだろう。

いやいや、そんなこと、絶対できないわ。

ところが世の中には、態度が悪くても仕事が途切れない人がいる。観察すると、その人はウソを決してつかない。態度が悪いのも裏を返せば正直者の証。腹が立てば文句を言うし、いつも本音で体当たりという調子(ビジネススタイル)だ。

一方、わたしはウソつきだ。

イヤな気持ちが顔や態度ににじみ出ているとは思うが、バカ正直にもなれない。いつも何かを疑っている。

長く仕事を続けてたまったのが「イヤな話」では自慢にもならない。わたしもそこそこイイ年(年齢)だ。自分が好きな人だけでなく、仕事関係の人の間でも、いい雰囲気で存在したいと思っている(好かれなくてもいいが、ウザくないオバサンでいたい)。

そのためには、人を信用し、もっと人間を好きにならなくてはならないのだろう。ウソつきで疑り深いわたしには超難題だ。

このブログが自己変革のきっかけになったら儲けものだ。そんな気持ちで書き続けたい。