テレビで見る映画

テレビの厚みがなくなり、面積が巨大化してからは、家で映画を見るようになった。
CS放送のプログラムの中から適当に選んで録画して見るのが好きだ。日本映画が多い。
昔のシリーズモノには結構ハマる。東宝の社長シリーズ、若大将シリーズはテレビで続けざまに見て好きになった。わたしが30年早く生まれていて、映画館で上映されていたら決して見に行かない種類の映画だし、今だってレンタルビデオ屋で借りて見ようとも思わない。だが、放送されると見てしまう。

古い映画に映る昭和の風景、ファッションはもちろん、映画の作り方自体の流行なんかを感じるのが好きだ。一時停止で風景に映る看板の文字までじっくり見る。

昭和の映画で特徴的だと思うのが、女優の芝居。「ヒロイン」という位置づけなので、芝居が一本調子というか、どの映画でも同じような芝居をしている。

若大将シリーズなら、加山雄三のことを好きなんだけどケンカして「もう、しらなくってよ。フン!」とほっぺたをふくらませるみたいなセリフ回しと芝居。当時、女優に対しては、男の視点から見た理想みたいなものを演じさせていただけなのかなあとか、やっぱり女優はキレイだったらよかったのかとか、現在の価値観ではバカバカしかったり、ジェンダーなんとか的には許されないし、ネットがあれば「炎上」しそうなことが昔の映画では平和に描かれている。とはいっても今の時代では受け入れられない差別意識みたいなものも透けて見えるのだが、何十年も経ってしまえば目くじら立てずに受け入れてしまう不思議な感覚もおもしろい。

もちろん、そんなに理屈っぽく考えて見ているのではなくて、社長シリーズなら「あんな会社に入ってみたいよ~」とか、若大将シリーズや石原裕次郎なら「若いときはやっぱり魅力的なイイ男だったんだな~」と感心しているだけだが。

CSでもBSでもなく、地上波でしかも特定地上基幹放送事業者の放送局(地域限定のテレビ東京みたいな放送局。昭和風にいうと、UHF)でたまたま出合ってしまう、掘り出し物のような映画も楽しい。

ずいぶん前、その特定地上基幹放送事業者の放送局で、バスが市街地を爆走しているシーンを見た。わたしの時代考証では、昭和50年。バスの色と風景から、なんとなく京都に見える。川谷拓三、荒木雅子といった関西(東映太秦撮影所)の役者が出ていて、主役は渡瀬恒彦。

渡瀬恒彦が市バスを運転して京都市内を爆走する、現実離れしすぎたバカバカしい話なのだがリアルな緊迫感があっておもしろかった。

あとで調べると、渡瀬恒彦はその映画でバスを運転するために大型の免許をとったらしい。そりゃ緊迫感もあるわと納得できた。

その映画のタイトルは「狂った野獣」。しばらくしてからCSでも放送されたので録画して見た。地上波では途中から見たため、見ていない前半が見られると楽しみにしていたのだが、地上波で見たときのような面白さはなかった。結末を知っているからとかではなく、その前半部分が蛇足のように思えた。別に見なくてもよかったなー、と感じた。

昔の人は映画を途中から見はじめ、次の回で見逃した部分を見て、全部見たというところで(映画の途中で)映画館を出るというようなスタイルだった。今の映画館は入れ替え制なので考えられないが、途中から見ても話についていける、そんな習慣が残っていた時代の映画なのかもしれないな、とも思った。

「狂った野獣」は昭和51年の作品だ。