鍋炊き飯の敗北

わたしがはじめて買った炊飯器は、3合炊きの安い電気炊飯ジャーだった。若かった頃はまともな料理ができなかったからご飯を炊くことも少なかった。朝から米を炊いて朝食を食べる余裕などなかったし、夜はうどんばかり食べていたように思う(今もうどんはよく食べる)。
30代になってからは時間のあるときに料理はしたが、ご飯を炊くのはおっくうだった記憶がある。

料理の知識が増えてきたのと同時期に、電気炊飯器ではなく圧力鍋やふつうの鍋でご飯を炊く一大ムーブメントが起こった。
わたしはすぐに乗っかった。これまた当時もてはやされたステンレス鍋でご飯を炊くことにしたのだ。
鍋&ガス火でご飯を炊くと「びっくりするほどおいしい」というふれこみだったが、正直なところびっくりするほどではなかった。調子に乗っておひつも買ったが、おひつ効果は確かにあった。ほんのりと木の香りが移って冷めてもおいしかった。だが、余分に炊いたご飯はすぐに冷凍していたので「冷めてもおいしい」ことはメリットではなく、洗ったらふきんですぐに拭かなくてはならないおひつの手入れが面倒くさくなり、おひつ生活は短期間で終わった。

3合炊きの炊飯器は、炊き込みご飯をつくると容量オーバーでとんでもないことになるし、30歳を過ぎて一人暮らし向け家電製品を持っていることがなんだか情けなくなり、一人暮らしを始める身内に払い下げてしまい、おひつなしの鍋炊き飯生活を続けていた。

鍋炊き飯生活を始めてから会社を辞め、オール電化の家に引っ越した。ステンレス鍋とIH調理器はとても相性がよく、タイマーもかけられるしといいことづくめで、機嫌よく鍋炊き飯生活を続けていた。
またその頃、無洗米が流行り始めた。環境、環境と騒ぎ始めた頃でもあり、米のとぎ汁が環境汚染につながるとかなんとかいう後押しもあって、今より無洗米が多く売られていた。当然買っていたのだが、無洗米はまずかった。最初は、かたく炊けてしまうので水を多めにすればよいかと思っていたのだが、なんだかマズい。表現しがたいが垢抜けないすっきりしない味なのだ。買った直後はいいのだが、時間が経つととマズくなるので最後は研いでいた。
それでも「仕事が忙しい人は無洗米」みたいな小っ恥ずかしい自意識があって、2年くらいは無洗米を食べていたように思う。

人間とは飽きる生き物で、鍋炊き飯生活も当然飽きる。で、また当時出始めだった高温スチームが出るという炊飯器に心を奪われ、すぐさま買った。
これが大正解で、鍋炊き飯よりおいしかった。昔に買った3合炊き炊飯器からの進化は著しく、炊き込みご飯コース、おかゆコースなど多機能になっていて、しかもムダな機能ではない!

買ったのは2004年(製造年月のシールにて確認)。PanasonicではなくNationalだし……。毎日使わないので、未だに現役でおいしく炊ける。

この頃は2~3合炊いて、残りは冷凍していた。2004年頃の家事トレンドはそれが賢い生活という価値観だったのだ。
しばらくするとこれにも飽きてきた。世の中はわたしの気分と連動しており(それは逆で、わたしの気持ちが世の中の動きに流されているのが正しい)「ご飯は炊きたてに限る。食べきるだけ炊く」という主義主張が幅をきかせてきた。この主張とは趣が異なるが、高齢の少人数世帯をターゲットにした3合炊きの高級炊飯器も出始めた。
時代は「少量炊飯」へと向いている。わたしも1合だけ炊くときは鍋炊き飯に戻ることになった。IHのときはよかったのだが、オール電化からガスの家に引っ越してからはなんかうまく炊けなくなった。IHに比べて火力が強いのか、水分の蒸発量が多くてかたくなってしまうのだ。多めの水加減にしたが、なんかイマイチ。でも5合炊きのスチーム炊飯器で1合を炊くよりマシな気がして(根拠はなくあくまで気分だけ)いた。

炊飯のことばかり考えていたら、事務所でも炊きたてのご飯を食べたくなり、こんなのを買った。

Panasonicミニクッカー。

名前はミニだが、炊飯のできは実力以上だった。スペック的には1合か1.5合なのだが、0.5合でもおいしく炊ける(0.5合じゃ足りないけどね)。
おいしく炊けるので、事務所用から自宅用に格上げした。ふつうの炊飯器に比べると部品が少ないし(内釜とフタだけ)、ガタイが小さいので食洗機で洗える。便利!
なので、今はもっぱらこれでご飯を炊いている。

鍋炊き飯の敗北は、「1合以下の少量炊飯」にのみあてはまる。昔、大沢たかお主演のドラマ「仁」で、タイムスリップした仁先生が、綾瀬はるかの家で山盛りのご飯だけ出されてギョッとしていたが、「うまいうまい。たくさん炊くからおいしいのかなあ」などと言いながら食べていたシーンがあった(はずだ)。米はある程度の量を炊かないとおいしくないのは周知の事実だが、ここからは私見だが、1合を炊くにはガス火を最小しても強すぎるようだ。沸騰するまでの時間が短すぎるのがよくないのだと思う。
ミニクッカーは200ワットなので、沸騰するまでにかなり時間がかかるが、少量の米にはこれがちょうどよいようだった。というかガス火とステンレス鍋の組み合わせが特によくないのだろう。炊飯用の文化鍋みたいなのという選択肢もあるが、これは3合炊きがほとんどなので、1合の少量炊飯には適していないと思った。鍋が増えるのもジャマだし。
じゃあ、沸騰に時間がかかる土鍋で炊けば?というご意見もあろうが、そこまで面倒なことをする気はない。カピカピになった米をふやかして洗うのは手間だし、生来がさつなので割ってしまいそうだ。

おいしさと手間とコストの兼ね合いはむずかしい。わたしは、かつお節と昆布で出汁はとるが、出汁をとったあとのかつお節と昆布でふりかけをつくるようなことはしない。だが、食材を腐らせることはほぼしないし、食べ切る。
ふりかけの話は向田邦子の妹の向田和子氏が雑誌の料理特集で語っておられたことなので、人の受け売りなのだが、今風にいうなら「ていねいなくらし」の落としどころといったらわかりやすだろか?落としどころというのがわかりにくいか……。
つまりはどこまでこだわるか、ってことだろうか。こだわりがないのもつまらないし、こだわり過ぎるのもうっとうしい。特に他人のこだわりを聞かされるのはうっとうしいので、人には言わずにここに書いた。読んでくださった人、ありがとう。

ちなみにPanasonicミニクッカーはしばらく生産終了となっていたようだが、2018年10月30日に復活するようだ。よいことである。
さらに補足。わたしは大食いだが、1食で1合は食べない。1合炊いて残った分は冷凍し、お茶漬けにしたり、ためてチャーハンにしている。