女帝 小池百合子を読んで

今、話題の本を読んだ。

前段が長くなって恐縮なのだが、コロナ禍(同音のコロナ暇(か・ひま)でもあった)で愛の不時着を見てヒョンビンにハマってしまった。ヒョンビンの過去の取材記事が掲載されていた週刊朝日を買ったところ、林真理子氏が「女帝 小池百合子」の著者・石井妙子氏をインタビューしている記事があり、それがヒョンビン記事よりおもしろく、早速近所の本屋に行って買ったのだが……。

この画像、勝手に使っていいのかわからないけど、悪口を書いてないし、宣伝なのだからいいだろう。「愛の不時着」は理屈抜きでおもしろい。脚本がよくできている。あの脚本は一人で書いているのかそれともチームなのか……。文章を書いて生きている者の端くれとして、そこが気になった。それにしてもヒョンビンの顔は美しく、国宝?天然記念物級だと思う。

興味をそそられたのは林真理子氏のインタビューだけであった。
たしかに、文章が上手くて読みやすく、ノンフィクションによくある「ところで話は○年前にさかのぼるが……」というような時間を行ったり来たりする表現もなく、「あれはなんだったっけ?」と読み返すこともなくスムーズに読めたのだが、小池百合子氏の「人となり」がまったく見えなかった。

最初に断っておくが、わたしは小池百合子氏のシンパでもアンチでもない。
著者の石井妙子氏は恥ずかしながら今回の件ではじめてお名前を知った。
林真理子氏は若い頃から親しんでいる作家であり、作品は好きだし主張されることにも共感することが多い。
……という前提でわたしの感想を述べたい。

この本は連載をまとめたものでなく書き下ろしとのことだが、都知事選の時期に合わせて「売ること」を前提に企画された本ではないのかと穿ちたくなった。ただ、これは本筋から外れるので言及はせずこれだけに留めておく。

内容は全編、小池百合子氏はウソつきであり、自己顕示欲のカタマリであり、政治信条はなく権力だけを求めていることの裏付け情報を並べているのであるが、わたしからすりゃ、そんな人ごまんといるよ、とため息をつくだけだ。大げさに言うなら、わたしのまわりはそんな人ばっかりだし、わたしだってそういう要素を含みながら生きていて、できれば権力もほしいと思うし、ウソもつく。清濁併せ呑むなんて格好いいものではないが、仕事をしていればそんなもんだということはだれもがわかっていることではないだろうか。
・他人の手柄を自分の手柄にする。
・他人を陥れる。
・自分の居場所をつくるために言いがかり的な理由をつけて他人を排除する。
わたしは仕事の現場での立場ではいちばん弱い「外部業者」だから、上に挙げたようなことは日常茶飯事的にされてきた。もちろん泣きたくなるような理不尽でくやしい思いもした。
しかし、逆もある。わたしは立場的に人を陥れるような権力はないが、わたしにとって不利益を与える人物であれば「相手にしない」という態度をとり続けることもある。相手にとっては失礼に感じる態度であろう。

ただ、小池百合子氏の場合は、かなりキョーレツでそんな「たまらん人(関西弁で自分にとって困った人というようなニュアンス)」たちを100人分のパワーがあるのであろう。小池百合子氏にそばにいられたらわたしも堪えるし、逃げ出すかもしれない。

だがなあ、世の中ってそんなもんだ。そんな「たまらん人」のなかで生き延びなければならんし、のし上がれるのは「たまらん人」に勝っていけるパワーのある人だけだ。
わたしは根性ナシなので、底辺の「たまらん人」にすらなれるパワーはなく裏方の仕事に徹してきた。それはそれでいい。
ただ、表(おもて)に出て行ける人というのは、それなりの努力をしていたり「何か」があるわけで、ウソつきだけで今の小池百合子のステージまでのし上がれるとは思わない。ジジ殺しだけではのし上がれないのだ。
その「何か」を検証し、語らずして、「ウソつき」だけの事実を並べられても説得力がなかった。小池百合子という人の、人間として持っている複数の側面が見えないのだ。

ただ、この本には「小池百合子氏は本心を見せない」というようなことが書いてあったので、小池百合子氏の人間像が見えないのは、この本の企画意図としては間違ってはいないのだろう。だが、それでは小池百合子氏の術中にハマっているのではないか?そこから一歩引いた視点で人間・小池百合子氏を知りたいと思った次第である。